最高裁判所第二小法廷 昭和62年(オ)1577号 判決 1988年7月01日
上告人
島本商事合資会社
右代表者無限責任社員
島本幸次郎
右補助参加人
高井春子
右両名訴訟代理人弁護士
上田勝義
新川登茂宣
被上告人
北坂智久夫
被上告人
北坂レイ子
右両名訴訟代理人弁護士
山田慶昭
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人及び上告補助参加人代理人上田勝義、同新川登茂宣の上告理由第一点について
借地上の建物の賃借人はその敷地の地代の弁済について法律上の利害関係を有すると解するのが相当である。けだし、建物賃借人と土地賃貸人との間には直接の契約関係はないが、土地賃借権が消滅するときは、建物賃借人は土地賃貸人に対して、賃借建物から退去して土地を明け渡すべき義務を負う法律関係にあり、建物賃借人は、敷地の地代を弁済し、敷地の賃借権が消滅することを防止することに法律上の利益を有するものと解されるからである。これと同旨の原審の判断は正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。
所論引用の判例は、右判断と異なる解釈をとるものではなく、論旨は、採用することができない。
同第二点、第三点について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。右違法があることを前提とする所論違憲の主張は、その前提を欠く。所論引用の判例は、事案を異にし、本件に適切でない。論旨は、ひっきょう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、独自の見解に基づき原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。
よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官奥野久之 裁判官牧圭次 裁判官島谷六郎 裁判官藤島昭 裁判官香川保一)
上告代理人及び上告補助参加人代理人上田勝義、同新川登茂宣の上告理由
第一点 原判決が、被上告人らを本件地代の弁済について法律上の利害関係を有する者に該当すると判示されたのは、民法四七四条二項の解釈及び適用を誤ったもので破棄されるべきである。すなわち、
(一) 原判決は、「借地上の建物の賃借人は、借地契約が解除されるときは、建物賃借権の存立の基礎が失われ、土地所有者から建物退去、土地明渡を請求される立場にあるから、敷地の地代の弁済について法律上の利害関係を有する者に該当するといわなければならない」と判示し、被上告人らは、本件土地の地代の弁済につき法律上の利害関係を有する者に該当するとして、同人らの本訴請求を認容された。
(二) そもそも、原判決が判示する「法律上の利害関係」の意義については、昭和三九年四月二一日最高裁判決(民集一八・四・五六五)によれば、「物上保証人、担保不動産の第三取得者などのように弁済することに法律上の利害関係を有する者」とされ、また、昭和三七年一二月二〇日の東京高裁判決(下民一三・一二・二五一七)によれば、「第三者はその弁済の有無が直接自己の法律上の地位に関係し自己の法律上の利益を擁護するために必要である場合に限り…………」と判示されている。
従って、右「法律上の利害関係」の意義については、判例上、「法律上かつ直接の利害関係」であるとの立場を採用しているものというべきである。
(三) 而して、右判例にすべて共通する要素は、同一不動産に複数の権利関係が同時に存在し、一つの権利関係の消滅が他の権利関係に「法律上かつ直接に」係わる性質のものであると考えられる。
従って、右「法律上かつ直接の」利害関係なる意義を不動産に関して類型化したものは、右のごとく同一不動産に複数の権利関係が同時に存在し、一つの権利関係の消滅が他の権利関係に「法律上かつ直接に」係わるものであると解すべきである。
(四) 右のごとく民法四七四条二項所定の「利害ノ関係」を制限的に解することに対し、学説(我妻栄民法講義Ⅳ二〇四)は反対し、第三者の弁済は経済的意義が大きく、殊に金銭債権については特定個人間の結合が弱く給付の結果のみが重視されることから民法四七四条は立法論として制限が強すぎると批判し、右「利害ノ関係」を広く解釈すべきだとする。しかしながら、債務者が第三者の弁済により恩義を受けることを潔しとしない場合や、債務者が第三者の苛酷な求償権の行使にさらされる可能性も無視できず、更には、本件賃貸借のごとき継続的契約関係にあっては当事者間の信頼関係は極めて重大な要素であり、特定個人間の結合も強く、債権者としては、突然面識のない第三者が弁済の提供をしたときは、その受領をしてよいものか否かにつき迷うのが通常であり、迷った末受領を拒絶すると民法四一三条の受領遅滞に陥る危険性があるというのでは、契約自由の原則、或いは、債権者の法的安全性の保護からしても、その妥当性は極めて疑わしく、民法四七四条二項所定の「利害ノ関係」は直接的かつ、顕著なものである場合に限られるべきである。
(五) なるほど、原判決判示のとおり、土地と建物は事実上密接な関連があり、借地上の建物の賃借人は、右借地契約が解除されると建物賃借権の存立の基礎が失われ、土地所有者から建物退去、土地明渡を請求される立場にある。しかしながら、土地と建物は法律上別個の独立した不動産であり、土地と建物の関連性は法律上論理必然的なものではなく事実上のものにすぎない。
事実、昭和三六年一二月二一日最高裁判決(民集一五・一二・三二四三)は、不動産の転貸借につき、賃貸借の終了によって、転貸人の義務に履行不能を生じ、転貸借は賃貸借の終了と同時に終了すると判示する一方、昭和四五年一二月二四日最高裁判決(判例時報六一八・三〇)は、借地上の建物の賃貸借につき、土地の賃貸借の終了によって、その地上の建物の賃貸借が直ちに終了するものではないと判示しており、転貸借と借地上の建物の賃貸借との相違を認めている。
更に、転貸借の場合には、民法六一二条において債権者の承諾を必要とし、他方、借地上の建物の賃貸借の場合には、土地所有者の承諾を必要としていないが、右相違も、同一不動産か別個不動産かに基づくものであって、借地上の建物の賃借人は、土地と建物との関連性が法律上論理必然性がないことの帰結として、転借人と違って、土地の地代弁済につき、民法四七四条二項所定の「利害ノ関係」を有する者に該当しないと解すべきである。もっとも、右のように解すると借家人の保護に欠けるという批判もあろうが、右保護については別途に方法もあり、法論理上の誤りを犯してまで利害関係概念拡大の方法によるべきではない。事実、昭和三八年二月二一日最高裁判決(民集一七・一・二一九)は、土地賃貸借の合意解除は民法三九八条の趣旨に照らし借地の建物の賃借人に対抗できないと判示し、法論理内で借地上の建物の賃借人の保護を計っている。
(六) 従って、原判決が前記見解と異にし、被上告人らが地代の弁済につき、法律上の利害関係を有すると断じたのは、結局民法四七四条二項の解釈、適用を誤り、その誤りは原判決に影響を及ぼすこと明なる法令の違背であるから破棄を免れない。
<以下、省略>